2006年08月07日

ロジスティック(7)/青木

「ロジスティック(4)」の記事の中で書いたのですが、「心神喪失者等医療観察法」(2003年成立、2005年施行)は、2001年6月の大阪教育大学附属池田小学校での児童殺傷事件が巻き起こした社会的な不安の中で成立した、という経緯があります。これもすでに書きましたが、この事件の犯人の宅間守には精神病院の入院歴がありました。でも、実際には精神障害者を偽装した「詐病」だったことが取調べで明らかになりました。もし現在彼が犯行を行ったとしたも、「心神喪失者等医療観察法」の適用は受けないでしょう。なら、一体なんで「心神喪失者等医療観察法」が成立までこぎ着けたか、と考えると、事件が引き起こした社会的不安を政治とマスメディアが一定の方向に押し流した、とある程度までは言えそうな気がするわけです。「危なそうな『異常性格者』が社会をウロウロしている。もっと監視・管理して、どんどん隔離してしまえ」という方向にです。

ちょっとこじつけになるかもしれないけど、このように不安や欲望を一定の方向に整流する力は、「備給戦術」としてのロジスティックのテクノロジーの作用と考えてもいいんじゃないかな。ここではメディアの力、イメージをコントロールする力が、大きな影響を及ぼします。また、犯罪精神医学が言うところの「異常性格」なる非科学的なレッテルに関して言えば、「記号論理」としてのロジスティックの作用とみなせるとも考えます。テレビを通じて、「異常性格」は視聴者にお馴染みのレッテル、犯罪報道の定番になりました。

でも今回は、ひとまずぼくの仮説はわきに置いといて、もうちょっと具体的に「心神喪失者等医療観察法」について見ていくことにします。

「心神喪失者等医療観察法」は大急ぎで成立したせいか、制度としての重要な部分にかなりずさんなところがあります。まず例のトホホな中身の「鑑定ガイドライン」ですが、これも大急ぎで作られた感じがします。このガイドラインの冒頭の「はじめに」で、ガイドラインを作成した「松下班」の主任研究者である松下正明氏が、こんなことを書いています。

「私は、鑑定ガイドラインもまた、他の『入院処遇ガイドライン』や『通院処遇ガイドライン』、『地域処遇ガイドライン』とともに、厚生労働省から提出されるものと思っていたが、最近になってそうでないことが分かり、急遽、『松下班』において提案された『医療観察法鑑定ガイドライン』をひとつのモデルとして公表することにした。」(『「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(医療観察法)鑑定ガイドライン』)

ひょっとしたら「丸投げ」? なんか松下氏も戸惑いを隠せないような口ぶりに思えるのは、ぼくの気のせいだけではない気がします。いずれにしても、突貫作業だったことがうかがえる文章です。

でももっと大変なのは、「心神喪失者等医療観察法」が定める指定入院医療機関の問題です。この法律の第1条には「……継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする」と書かれてあるんですから、せめて都道府県にひとつずつくらいは指定先の病院があると思うじゃないですか。そうじゃなきゃ、「社会復帰」の手助けにならないばかりか、遠距離入院・通院のせいで復帰の邪魔にすらなります。でも、指定入院医療機関はもともと全国8ケ所しか設置は予定されてなくて、しかも2005年度中に完成が確実だったのは、東京都小平市の国立武蔵病院、独立行政法人花巻病院、独立行政法人北陸病院の3ケ所だけ。これじゃあっという間に満室になっちゃうから、自治体病院などの一部を代用病院として利用する計画が出ているそうです。むちゃ、いい加減です。

この指定入院医療機関の問題に関しては、日弁連の以下の意見書が参考になります。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/2005_35.pdf

ところが、「心神喪失者等医療観察法」には、結構すごい予算が組まれているんですよ。これまでの記事でもうお馴染みの、芹沢一也さんの『ホラーハウス社会』から引用します。

「現在、精神医学がいかなる営みに加担しているかは明らかだろう。あるいは、この社会が一体、何を行おうとしているかも明白だろう。それは病者の社会復帰どころではない。
 社会の秩序を乱す些細な逸脱者の排除だ。
 こうした動向は、予算のあり方にも顕著に表れている。
 世界一の入院患者を抱える現状に、政府は七万二千人の退院促進を政策化するといっている。だが、退院促進事業費に充てられる予算は、わずか一億円強にすぎない。それに対して、医療観察法関連費用は八十億円をこえる。法務省と最高裁の予算を加えると百十億円だ。それに対して、政府が予測している医療観察法の対象者の数は、年間わずか三百人にすぎない。
 この数字がすべてを物語っている。あくまで危険な人物の隔離に対してこそ、膨大な金額が投入されようとしているのだ。」(『ホラーハウス社会』185-186頁)

多額の予算の割には進んでいない病院の設置、このへんのぐちゃぐちゃは、正直ぼくにはよくわからないところがあります。ただ言えることは、政治は病者の「社会復帰」なんて真剣には考えていない、ということです。「心神喪失者等医療観察法」の本音は、「排除」です。「危なそうなやつは、社会の目の届かないところに置いてしまえ、どこか見えないところへ隔離でもなんでもして、徹底的に監視してやれ」という統治の欲望です。そのためにはいくらでも金を注ぎ込む、政府の奇妙な覚悟です。

一体このような「排除」のシステムは、これから先、どんな性格のテクノロジーを使って人間を管理してゆくのでしょうか。技術としてのロジスティックの核心は、どこにあるのでしょう。

次回は直接この記事の続きを書きます。
posted by aoki at 05:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 青木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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