2006年07月21日

ロジスティック(5)/青木

ぼくのパートは、ビルメンテナンスのお手伝いみたいな宿直の仕事で、勤務時間は夕方の5時から翌朝の9時までです。もう20年以上、同じ勤務地に勤めています。今週の水曜日に出社したら、別の職場の上司がわざわざぼくのところに来て、いきなり「お前はアトピーだから他の正社員が使うベッドとは別のベッドに寝て、できればシャワーも正式の浴室ではないやつを使え」と言いました。こんなこと言われたのは、はじめてです。たしかに湿疹を掻くと血が出て、仮眠のときにベッドのシーツに血痕をつけてしまうことは時々あるのですが、上半身はシャツ(秋から春までは主に長袖)、下半身には夏でも大概タイツをはいているので、血痕といっても軽い染み程度です。それでも気になる人は気になるのだろうと、ベッドの件だけは了承しましたが、シャワーの件はいくらなんでも受け入れられません。その日は平然といつもと同じシャワーを浴び、翌日帰宅後、勤務先に電話して同じ上司に理由をたずねたら、他の正社員が血をいやがるとかいうことで、「少なくとも正社員の後に浴びろ」なんてぬかします。「アトピーは感染症じゃないし、大体血なんてシャワーで流れて消えてるでしょ」と反論したら、ようやく普段通りの使用許可が下りました。アトピーのことをよく知らなかったのか、それとも知ってていやがらせをしてきたのか、どっちなんでしょう。

うちの職場は二つの会社が共同で仕事をしているせいか、最近は雰囲気が妙にぎくしゃくしています。その狭間で、ぼくも変な目にあったのかもしれません。いやがらせをしてきたのはたぶん、ぼくの所属する会社ではないほうの会社の社員たちでしょう。上司は不運な説得役にすぎません。この上司からは「穏便に」みたいに諭されましたが、やっぱりムカツクし、黙っているのもなんかこのサイトの主旨に反している気がするので、あえて勤務地だけは暴露します。都立駒込病院附属臨床医学総合研究所です。笑っちゃうでしょ。もちろん、ビルメンテナンスの社員は、研究所の研究員とは関係ありません。でも、研究所の中にはきっとアレルギーやアトピーの研究部署もあります。そして、同じビルの地下1階の中央コントロール室では、アトピーに対するかくも大人気ないイジメがまかり通っているのです。また理不尽なことを言ってきたら、今度はこのサイトで会社名を二つともスッパ抜いてやります。物書きをなめんなよ。死なばもろともじゃ。

気持ちを取り直して、「ロジスティック」です。

ぼくはこの「ロジスティック」という言葉に、二つの意味を読み込んでいます。ひとつは「記号論理」、もうひとつは「(欲望の)備給戦術」という意味です。そして、この二つの意味が合流してゆくところに、現在の統治の権力の行方を見ていこうと考えています。今回説明するのは、「記号論理」の意味の「ロジスティック」です。すごく簡単な意味です。

まずもう一度、「心神喪失者等医療観察法」の下で精神鑑定のために使われる「鑑定ガイドライン」に立ち戻ります。このガイドラインの詳細は「ロジスティック(2)」の記事を参考にして下さい。一応、例のケッサクな「生活能力」項目の一部を再引用しておきます。

「5、生活能力
 この項目は患者の生活技能、対人技術などのうち、適応的な行動の能力的な面を評価する。入院中の場合は、地域での生活時の生活能力を参考にしながら、入院中の状態変化を勘案して評価する。行動面では以下のような項目がチェックされ、最も高得点を示した項目の点数がコードされる。全ての下位項目を検討することが重要であるが、1の評点が多くあっても全体の評点は1であり、2点が1つでもあれば全体の評点は2点となる。
1)生活リズム:昼夜逆転、睡眠と覚醒の時間が定まらない。
2)整容と衛生を保てない:顔を洗わない、あるいはめったに洗わない。衣服が汚いあるいはぼろぼろ。外見が汚い、あるいはくさい。
3)金銭管理の問題:金銭のやりくりができない。しばしば金銭の貸し借りをする。消費者金融から安易に借金をする。不要なものを安易に買ってしまう。
4)家事や料理をしない:寝る場所が散らかっている。台所や共用場所を散らかったままにする。自分で片付けない。掃除、洗濯やゴミの分別が出来ない。
(略)
評価:0=問題なし、1=軽度の問題、2=明らかな問題点あり」

まあ、このくらいで十分でしょう。さて、この「生活能力」項目を作成したひとたちは、「人間」に対してどんな想像力を持っていたのでしょうか。きっと「適応的な行動の能力」に「明らかな問題点あり」の人間、つまり社会的に不適応な人間は、大概「昼夜逆転」してるし、「顔を洗わない」し、「金銭のやりくりができない」し、「家事や料理をしない」、少なくともこのいずれかには必ず当てはまると考えたのでしょう。

ところで、このガイドラインは、誰が鑑定しても一律の結果が出るように作られているようではありますが、よくよく考えたら、使うひとの手加減でいくらでも評価を変えることもできそうです。要するに、科学的な根拠もなければ、客観性もないわけです。ただいずれにしても、必ずしも精神鑑定のプロ用ではなく、精神医学の初心者程度でも使えそうなマニュアルです。そこで、初心者がこれを使うと仮定してみます。一体その場合、彼の中でどのような想像力が働くでしょうか。そもそも想像力は働くのでしょうか。

まず彼(初心者)は、他人(精神障害者)の行動を観察します。そして、昼夜逆転していればチェック、顔を洗っていなかったらチェック、金銭のやりくりができていなかったらチェック、以下同様。それだけです。すなわち、「昼夜逆転」してるやつ、「顔を洗わない」やつ、「金銭のやりくりができない」やつ、「家事や料理をしない」やつは、社会的に不適応である、と彼は判定するでしょう。それ以外の判断の方向性は、上記の「生活能力」項目には与えられていません。

作成者の推論と、初心者である使用者の判断とが、逆向きになっていることに気づかれたでしょうか。作成者の推論には、社会不適応な「人間」は大概「昼夜逆転」……しているだろうという想像力、実に貧相でステレオタイプな、有害でさえありますが、一応「人間」への最少の想像力と呼べるものが、かろうじて残っています。しかし、マニュアルを使う初心者は、ただ単に、「昼夜逆転」……しているやつは社会的に不適応だと、判定するだけです。もはや「人間」への想像力は一切不要です。他人(精神障害者)の内面や行動の意図さえ、知る必要はありません。行動として現れる些細な信号(シグナル)を、ただチェックしていけばいいのです。だから、極論すれば、ガイドラインは人間相手でなくてもいい。火星人だって、ドラえもんだって、判定できます。「家事や料理をしない」ドラえもんは、ばっちり2ポイントをゲットです。

もはや「人間」ではなく、ただの信号(シグナル)やレッテル、記号(サイン)の集合としての「やつ」。この「記号の集合」を、たとえば統計や組み合わせ論、確率論などを用いてプロファイルしながら作られてゆく非人間的な人物像や世界像。こうした一連の操作の全体を、「記号論理」としての「ロジスティック」と、ぼくは呼びたいわけです。

もともとロジスティック(logistic)という言葉には「記号論理学」や「論理計算」の意味がありますが、ここではそんな難しい意味で使ってはいません。実際の記号論理学の本もちょびっと当たってみましたが、特にマッチする内容はなかったです。まあ、むりやりこじつければ「遠い遠い親戚」くらいのつながりはつけられるのですけど……。

(この一段落は数学嫌いのひとはすっとばして下さい。)統計の分野に回帰分析と呼ばれる手法があって、その中でも最近「ロジスティック回帰分析」という手法が、医療の分野などで多く使われています。なんでこういう名前なのか、ぼくは知りません。カオス理論に出てくるロジスティック写像とはたぶん関係なく、確率予測のロジスティックモデルから来ているんじゃないかと思うのですが、どっちもよく知らないので断定はできません。「ロジスティック回帰分析」自体、ぼくにはごくごく大ざっぱなことしかわからないので、ごくごく大ざっぱな説明だけをしておきます。まず回帰分析というのは、従属変数(目的変数、つまり説明されるべき目的となる変数)と独立変数(説明変数、つまり説明のための条件として使われる変数)の間に式を当てはめて、従属変数が独立変数によってどれくらい説明できるのかを定量的に分析する方法です。そしてロジスティック回帰分析というのは、従属変数が2値を採る場合(たとえば、0or1、YES or NOなど)に使われ、その際、独立変数は数値変数でも名義変数でも構いません。医療では、危険因子の探索や予後調査(5年生存率とか)などに使われているそうです。なかなか便利な分析方法らしく、この先、医療以外の分野でも用いられそうとのこと。と言っても、「鑑定ガイドライン」に直接ロジスティック回帰分析が使えるかどうかは疑問です。下位項目まで入れると独立変数が多すぎる感じがするし、項目同士の相関性が大きいので、もともと回帰分析に向いていないのではなかろうか(でもこの点は調整可能かも)。とはいえ、従属変数を2値とし独立変数を上手に設定すれば、政治的予測や統治の手段にもロジスティック回帰分析が使えるのではないでしょうか。たとえば、ある候補者の選挙予測、犯罪の危険因子の探索や犯罪者の再犯率の予測とか。実に安易な推測で言っているだけですけど、とにかくこうした統計的、あるいは確率論的な分析手法は、ぼくの言う「記号論理」としての「ロジスティック」においても、どんどん使われるようになるだろうと予測はできます。

統計の話はひとまず置いといて、ぼくの言う「記号論理」の意味での「ロジスティック」とは、人間を記号の集合にバラして、その記号群の操作によって、もはや「人間への想像力」いらずの人物像や世界像を作ってゆくことを指すと、まあ、おおまかに考えておいて下さい。そのくらいおおまかなほうが、使い勝手もいいですし。

ところで、以前の記事の中で語った要介護認定ソフトに感じたぼくの違和感は、たぶんこの「記号の操作」という点にあります。「人間」が消滅したような気がしたのです。でも、介護保健制度は厚生労働省がお金も力も入れているプランだし、この制度の下で働いているひとたちも多くは一生懸命でしょうし、なによりも問題が生じた場合に社会的に表面化しやすい。メディアも取り上げてくれるでしょうから、まだ「人間」が介入する余地が十分にあります。

でも、「鑑定ガイドライン」はそうじゃありません。このガイドラインは、「心神喪失者等医療観察法」が定める指定入院医療機関(あるいは指定通院医療機関)という、おそらくはほとんど社会からは目に見えない暗がりの中で用いられます。そこはもしかしたら、もう「人間」の存在なんて許されない、ただただ記号の群れが高速に執拗に行き交う、異様な空間になってしまうのではないでしょうか。ぼくが恐れているのは、単に「人間」が消滅してしまうということではなくて、その後にぽっかり空いた空間にやってくる、ある種の非人間的なものの具体的な姿なのです。

次回は「ロジスティック」のもうひとつの意味、「(欲望の)備給戦術」の意味について書く予定でいます。
posted by aoki at 05:18| Comment(5) | TrackBack(0) | 青木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちわ!
Posted by ヌードル at 2006年07月21日 15:39
お仕事お疲れさまでした。こちらは、早稲田大学文学部にてビラまき&討議集会に参加してきました。ビラをまいているさいに、取り締まりにきていた早稲田の教職員とも話をしました。その際に日頃感じていた疑問などをぶつけてみましたが、それなりの手応えのようなものはありました。彼らだってこの事件の当事者なわけですから。

このロジスティックの話は、カントのいう理念の統制的と構成的使用の違いのような印象です。人間という概念は、なかば理念でもあるが故に、「人権」という、概念と権利のハイブリッドがが成立する。いやちがうか。人間という言葉が意味するものは、その定義上つねに「人権」であるわけで、それがロジスティックな規定のされ方をすると、その人間=人権という言葉の意味するものが、権利なしの概念の方に瓦解してしまう。こういう感じでしょうか? 「鑑定ガイドライン」や「要介護認定ソフト」といったものがみょうに腹立たしいのはそのせい、つまり前提にしている理念と実際にやっていることがまったくずれているからですよね?

Posted by 池田雄一 at 2006年07月22日 16:30
どうもです。お疲れさまです。

ぼくはどちらかというと、ハイデガーの技術論やフーコーの「人間の終焉」の問題に近づけて考えていました。おそらく「ロジスティック」のラストに書くことになると思いますが、人文科学が対象とした「人間」という形象が終るのはやむを得ないとして、それに代わる新たな知の形象はまだ定かじゃありません。いずれ人文科学自体がなにか新たな知に変貌する時期が来るでしょう。ところが、技術のほうが圧倒的に「人間の終焉」を先取りしていて、学問を追い越しつつ、ぼくが「ロジスティック」と呼ぶシステムで現実の人間を非人間的に包囲しつつあります。その状況の分析が、今までの記事の狙いです。

権利に関しては、「当事者」という立場から、ぼくはむしろ構成的に考えています。法律の理念の統制作用には信頼を置いていません。統制的理念に対する批判については、ぼくは池田さんと同じ見解です。その点は書評を読んで、笑。

それより聞いて下さいよ。冒頭に書いたぼくの職場の件、実はもっと根が深く、アトピーどころの話じゃなかったです。簡単に言うと、二つの会社が結託しての、いやがらせによる人員整理作戦の可能性が濃厚です。ただし、本社の同意の上での作戦かどうかは、まだ疑問です。でも、ぼくの他にも被害者はいて、あやうく辞める寸前でした。四面楚歌に近い状況ではあるのですが、ありがたいことに、ひとりきりの闘いにはならずに済みそうです。一緒に闘ってくれるひとがいました。事を公にする方向で進む予定です。

ひょっとしたらですが、叩けば相当でかいホコリが出てくる可能性もあります。「談合」とか「入札」とか「職権乱用」といった言葉がお好きな方は、要チェックです、笑。

よかったら、またコメント下さい。
Posted by 青木純一 at 2006年07月22日 18:06
そうか、アトピーに対するただの「嫌がらせ」というよりは、リストラが関係しているということか。でもそのほうがただの偏見や嫌悪より「まとも」にみえてしまうというのが、悩ましいところだな。いやまじで最初きいた時は、いったいなんなんだと思いました。この嫌がらせの背後に人員整理のような意図があるという方が青木さんもやりやすいのでは? 

でも考えてみたら「リストラの意図」と「嫌がらせ」の因果関係ってよくわからない。人員整理したいんだったら、普通に就業者に「相談」すればいいじゃん。なんで急にサディスティックになるんだろうか。などと考えていると、ワタシまでむかついてきました。よかったら「フリーター全般労組」紹介しますから、めげずに頑張ってください。

ハイデガーの技術論は、私も気になっていたので参考にさせてもらいます。
Posted by 池田雄一 at 2006年07月23日 16:08
コメント、ありがとう。

>でも考えてみたら「リストラの意図」と「嫌がらせ」の因果関係ってよくわからない。人員整理したいんだったら、普通に就業者に「相談」すればいいじゃん。なんで急にサディスティックになるんだろうか。

おそらく本社からの命令ではなく、駒込病院と臨床医学総合研究所のふたつの現場内だけでの内密な人員整理策なんだと思います。実際、いやがらせのターゲットとなっている方々は、ぼく以外は勤務年数が長い高齢者の方で、本社との結びつきは強いので、正攻法ではまず辞めさせられません。本人もそう話しておられました。本社も強いて辞めさせる気はないと思われますし。ぼくへのいやがらせは、宿直人員を減らすためか、あるいは「おまけ」って感じでしょう。

今週には本社にも連絡を取ります。そうすれば、なぜ勤務年数が長く本社との結びつきが強い高齢者が、今回のいやがらせの対象になっているか、逆にはっきりしてきます。ただの人件費削減のための人員整理ではなく、現場だけで秘密裏に動く必要もある作戦なので、いやがらせとかの「消極策」に出ざるを得ないのでしょう。すでに今年の4月に退職された被害者の高齢者の方もいた、と書き添えておきます。
Posted by 青木純一 at 2006年07月23日 21:10
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