2006年07月16日

ロジスティック(3)/青木

前回の記事では、「心神喪失者等医療観察法」、つまり危険な行為を犯した(とみなされる)精神障害者の処遇を決める法律と、その下で使われる精神鑑定のマニュアル「鑑定ガイドライン」の陰湿でしつっこい内容を紹介しました。今回からはまず、このような法律ができた社会的・政治的な背景を、簡単に考えてみたいと思います。

そのためにまず、少し長くなりますが、芹沢一也さんの文章を引用します。今回と次回のぼくの記事は、この芹沢さんの文章を補足的に説明しながら、ぼくの解釈を加えてゆくという仕方で進めてゆきます。



「九〇年代後半までは、少年と精神障害者は犯罪者である前に、特別な配慮が必要な子どもであり病人であるとみなされてきた。だが、どんな人間でも、法を犯したからには、等しく犯罪者であるというほうが、公正な考え方ではないだろうか。
 だが、残念ながら、未成熟や精神の病を理由に裁判から排除されてきた人びとに、正当な法権利を与えようとする方向には事態はまったく進まなかった。
 現実に力をもったのは、一見したところ似ているのだが、その精神においてまったく異なる批判のほうだったからだ。
 その批判とは、そもそも罪を犯したものに、罰を与えないのはおかしいではないかとする批判だ。たとえ少年や精神障害者であっても、犯した罪には責任があるのではないか。厳罰化と呼ばれる傾向が、このような批判を掲げてきた。
 表向きの主張はよく似ている。だが、まったく違うのは、この批判が少年や病者を法的主体とみるのではなく、社会の危険な敵だとみなすものだったことだ。
 これまで法の下で、『人間』として扱われてこなかった少年と精神障害者たちであった。そうしたなかで、彼らを人間にしようとする努力がなされていた。ところが、そのような姿勢が決定的に説得力を失っていくなかで、今度はきわめて『危険』なものとして、彼らをいわば退治しようとする姿勢に様変わりしたのだ。
 つまり、現に起こったことは、人間とみなしてこなかったものたちを、人間として扱おうとするのではなく、それどころか、今度はそうしたものたちを『怪物』として排除する方向へと変容したのだ。」(『ホラーハウス社会』202-203頁)

まず「これまで法の下で、『人間』として扱われてこなかった少年と精神障害者たちであった。」という一文を説明しましょう。ここで「『人間』として扱われてこなかった」というのは、刑法の規定上、裁判を受ける権利をもっていない、その意味で法的な主体とはみなされていない、という意味です。少年に関しては、2000年の少年法改正以来、14才未満の少年は刑罰の適用を受けません(改正前は16才未満でした)。また、病者というのは精神障害者のことで、この場合は刑法39条に「心神喪失者の行為は、罰しない」「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」とありますから、犯行時に心神喪失ないし耗弱の状態にあったことを検察が認めれば不起訴処分にすることがありますし、あるいは起訴されても法廷で無罪になることもあります。と言っても、日本の刑事事件では起訴されれば99%以上有罪ですから、精神障害者であっても起訴されればやはりほとんど有罪の判決が下ります。

統計で言うと、2004年では、検挙人員中、精神障害者と認められたひとは915人、精神障害の疑いがあるひとは1373人います(両方合わせて、一般刑法犯検挙人員に占める比率は0.6%です)。検察庁で不起訴処分になった全被疑者のうち、心神喪失者と認められたひとは324人、心神耗弱者と認められたひとは237人です。通常第一審で心神喪失を理由に無罪になったひとは7人、心神耗弱を理由に刑が減軽されたひとは81人です。データは法務総合研究所の「平成17年版 犯罪白書のあらまし」から引用しました。以下のサイトです。
http://www.moj.go.jp/HOUSO/2005/index.html

刑法39条の条文を読むかぎり、「心神喪失者の行為は、罰しない」とあるわけですから、精神障害者には裁判を受ける権利がない。その意味では、精神障害者は、いわばもともと刑法そのものによって「法の外」に置かれています。とはいえ、刑法に触れる行為をする精神障害者の割合は、当然ながらごくわずかです。精神病はぼくたちが思っているよりもずっと身近な、誰だって罹りうる病気だし、ほとんどのひとは病気を患っても普通に社会生活を送っています。また、データを見ればわかるように、実際には、刑法に触れる行為をした精神障害者の誰もが裁判を受けていないわけではありません。ただ不起訴処分になる確率は高いと言えます。日本の検察は、先進国中でも驚異的に高い有罪率を見てもわかる通り、裁判で確実に有罪にできる被疑者しか起訴しないので(これは検察庁の点数主義が原因という説もあります)、心神喪失や心神耗弱が認められそうな被疑者は不起訴にする傾向が強いのです。その代わり、起訴されれば精神障害者でもほとんどの場合、有罪判決が下ります。

また、たとえ不起訴処分になったからと言って、必ずすぐに社会に放免されるわけではけっしてありません。2004年の場合で言うと、心神喪失あるいは心神耗弱を理由に不起訴になった561人と第一審で無罪あるいは減刑された88人の合わせて649人のうち、措置入院になったひとが383人、実刑・身柄拘束されたひとが55人います(データは同じ「平成17年版 犯罪白書のあらまし」)。措置入院というのは、簡単に言えば、精神病院への強制入院です。入院先は、従来は都道府県または指定都市が設置した病院または指定病院でした。現行の「精神保健福祉法」(「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」)では、入院の要件には、入院させなければ精神障害のために自傷他害のおそれがあると診断されることが含まれていますが(29条)、この診断は2人の精神保健指定医による医療上の判断であって、措置入院は「精神保健福祉法」の規定上では、あくまでも行政の領分にありました。しかし、2005年施行の「心神喪失者等医療観察法」では、検察官等の申立てにもとづき、裁判官と精神保健審判員(精神科医)の合意によって入院などの必要を判断することになります。つまり、司法も介入するようになったわけです。また、指定先の病院も変わります。残念ながら、2005年のデータを記載するはずの平成18年版の「犯罪白書」はまだ出てないので、統計的な数字はぼくにはわかりません。

やや細かいデータまで引用したので、話がややこしくなった感じがしますね。ここで一旦整理しつつ、先に進む準備をしましょう。刑法39条の条文は、いわば形式的にですが、刑法そのものによって精神障害者を「法の外」に置いてきた、つまり「裁判を受ける権利」を認めず法的な主体とみなさなかった、と言えるとは思います(こういういささか歯切れの悪い言い方をぼくがしているのは、刑法39条そのものの是非に関しては、ぼくはまだ判断を保留しているからです。その理由はできれば次回かその次の記事に書く予定です)。とはいえ、刑法に触れる行為をした精神障害者が、まったく社会的監視の外に置かれていたわけではありません。不起訴処分になったひとも、多くは措置入院という強制入院のかたちで自由を拘束されるからです。治療のためですから「拘束」というより「庇護」というべきかもしれませんが、1987年に「精神保健法」(1950年成立の「精神衛生法」を改正した法律、1995年に今の「精神保健福祉法」に改正)が成立する以前は、措置入院患者を受け入れるような精神病院の実態はひどいものだったらしいし、また現在でも措置入院には保安処分の機能が強く、いつ退院できるかわからない長期の(数年にわたる)入院が大半ですから、普通の意味での社会的庇護とは呼べないと思います。それでも「精神保健法」成立以降は、病院内の精神病患者の人権にも配慮されるようになってきたので、刑法39条によって「法の外」に置かれていた精神障害者も、「精神保健法」の成立を機会に、まだ理想的な仕方ではないにせよ「法の下」に置かれるようになってきた、と一応は言えるのではないでしょうか。これはあくまでも、ぼくの見解です。しかし、芹沢さんの文章の中の「これまで法の下で、『人間』として扱われてこなかった少年と精神障害者たちであった。そうしたなかで、彼らを人間にしようとする努力がなされていた。」という箇所は、こうした歴史的な経緯を踏まえていると考えられます。

ところが、2005年施行の「心神喪失者等医療観察法」は、このシステム自体を改変するものです。この法律は、「法の外」の領域を法律そのものによってリアルに社会の内部に作り出し、この領域を徹底的に管理し統治しようとする政治の新たな「技術化」の方向を示しているとぼくは考えます。そのことを芹沢さんは、「人間とみなしてこなかったものたちを、人間として扱おうとするのではなく、それどころか、今度はそうしたものたちを『怪物』として排除する方向へと変容したのだ。」と表現しているわけです。

次回からは、この「変容」の具体的な意味、すなわち芹沢さんの言う「少年や病者を法的主体とみるのではなく、社会の危険な敵だとみなす」事態の政治的な意味を少しずつ解明したいと考えています。

でも、なかなかタイトルの「ロジスティック」の説明まで進まないな。もうしばらく待って下さいね。
posted by aoki at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 青木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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