2006年06月13日

過剰適応(3)/青木

どうも梅雨入り前の時期から毎年、心理的に軽い「バテ」に襲われます。気圧の変化が原因であろう、というのがぼくなりの仮説。でも確証がありません。温度や湿度と違って、気圧は「おっ、今1000ヘクトパスカルくらいだな」とか、体感としてわかんないですからね。今週からはまた元気出していこうと思ってます。

現在出ている「群像」7月号の「Review Films」のコーナーで、作家の雨宮処凛さんが4月30日の「自由と生存のメーデー」デモへの弾圧のこと、さらには「労働」をめぐる近年の現実について記しています(「プレカリアートと靖国」というタイトルの文章です)。さっすが、感度がいいですね、雨宮さん。4月30日のデモに関しては、ぼくが確認したかぎりでは、「SPA!」の6月6日号にも写真入りで報道されていました。でも、日本の社会の「現在」を露骨に象徴するこの事件は、本来もっと大きく取り上げられるべきです。大手マスコミは、また「ばっくれ」かよ。デモに対する弾圧の経緯に関しては、このブログ内の池田さんの記事をどうか参考にして下さい。

さて今回からは、ぼくの大学院生時代の記憶をほじくり返しながら、過剰適応の問題を具体的に考えようと思うのですが、大学の外からだと院生の生活って見えにくいかもしれません。あくまで早稲田の文学研究科、それもぼくが在籍していた当時、つまり今から5年以上前の話に限定しますが、簡単に大学院の制度をお話します。


まず入学試験があって、受かって学費等を払えば修士課程(マスター・コース)に入ります。ここで最短2年(最長で4年だったかな)演習その他の授業を受けます。その間に修士論文を書きます。論文が通れば修士号がもらえます。さらに研究を続けたければ、また試験を受けて、受かって学費等を払えば博士後期課程(ドクター・コース)に入ります。ここで最短3年(最長は6年だったかな)演習などに参加しますが、授業数は修士ほど多くはありません。かなり自由です。その間に書きたい人は博士論文を書きます。論文が通れば博士号がもらえます。論文は書くも書かないも本人の自由ですが、ぼくが在籍していた頃はまだ博士論文を書くひとは少なかったです。今はたぶん多くなっているはず。なお、博士論文はドクター・コースを出た後でも書くことができます。というか、文系では昔はほとんどがそうでした。

ぼくは修士課程に3年、博士後期課程には7年(途中1年病気で休学したからです)在籍しました。論文はどちらも書いています。マジメでしょ。博士論文は確かドクター・コースの7年目、つまり最後の年に提出して、最終審査までに約1年半かかりました。審査による延長期間は2年くらいは認められていたはずですが、その間のぼくの身分がなんだったのかは、実は自分でもよく知りません。普通にオーヴァー・ドクターになるのだろうか(オーヴァー・ドクターについては後に触れられると思います)。それはともかく、1年半という審査期間は長過ぎだと感じました。ドクター・コース在籍中に論文を書くひとが早稲田ではまだ少なかったので、制度上いろいろもたつきがあったようなのですが、同じ時期でも東大では半年以内で済んでいたと記憶しています。「大きい車は廻りが遅いのう」と、森鴎外の『護持院原の敵討』の中の台詞を思わずつぶやいておりました。

ぼくは今でも自分のことを研究者肌だと思っているくらいですから、大学院での研究は実に楽しかったです。何が楽しいと言って、1年、2年、時にはそれ以上のスパンで、自分の好きな対象に没頭できるんだから、もう天国です。中央図書館にいけば山ほど資料があって、コピーもできるし、貸し出しもしてくれます。早稲田の図書館は、蔵書の揃いはいいですよ。ウハウハものです。とにかく長い期間、じっくりと腰を据えてプランを立て、試行錯誤しながら考えてゆく楽しさは、何ごとにも代えがたい。この時期の影響のせいか、今になってもぼくは手許に長い時間をかけて研究する対象がないと落ち着かないので、最近は数学に手を出してますが、これはさすがに難しすぎて、ものになりそうにありません。大学と縁を切ってもう5年ほど経ちますが、今でも哲学書の翻訳の下読みなどする機会があると、研究者を目指していた頃の楽しみが蘇ります。書き忘れてましたが、院生時代、ぼくは哲学専攻でした。

いい先生にもめぐり会えました。実名は挙げませんが、今でも学恩を感じています。ただし、困った先生もいました。ゴルゴ13が本当にいたらなあ、と切に願ったものです。みんなでお金を出し合って、スイス銀行に振り込めば、なんとか始末してくれんじゃないかと。そんなことを知り合いと冗談で話し合っていました(知人を「共謀罪」に巻き込もうとする青木)。

そんなことはどうでもいいのですが、大学院生活でぼくが本当に困ったことを二つ、教訓のかたちで書いておきます。

教訓1:大学院生活において、病気、特に長患いをすると大変な目にあう。

教訓2:日本の(大学)社会は、基本的にコネと人脈を中心にまわっている。

次回はこの2点を具体的に説明してゆきます。
posted by aoki at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 青木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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