2006年05月30日

過剰適応(1)/青木

文芸評論家という肩書きがつく以上、日本の現代文学をガツガツと読まなきゃいけないんですけど、最近はひまになるとつい海外の翻訳ものに手が出ます。「仕事」という意識がまったく入らない分、読書が純粋に楽しめるからだろうか。こういうあたり、ぼくは今一つプロに徹し切れません。

わりと最近に読んだ本の中で感銘深かったもの、というか今に至るまでずっと考えさせられている一冊に、ケルテース・イムレ(1929-)というハンガリーの作家が書いた『運命ではなく』(岩崎悦子訳、国書刊行会)という小説があります。ハンガリーでは日本と同じで姓が先に来るので、ケルテースが姓、イムレが名です。『運命ではなく』の内容はと言えば、もう実録ナチス収容所ものと言っていいでしょう。ケルテース自身が少年期に収容されたアウシュヴィッツやブーヘンヴァルトといった強制あるいは労働収容所での体験を、後から回想的にいろいろ加味して書くという仕方ではなく、できるだけ当時の少年の感性をそのまま再現しながら記録した小説です。ケルテースはあるインタビューの中で「ホロコースト文学の大半が、体験時には分からなかったはずの事実まで、分かっていたように扱っているのに違和感を感じていた」(あとがき、285頁)と語っています。ぼくは最初この小説を、ナチスの非道さを生々しく暴くドキュメンタリー・タッチのヒューマニスティックな作品だと半ば予想して読み始めました。

確かに生々しくはありました。ケルテースの記憶力は大したもので、収容所の細かい事実までよく覚えています。でも普通の意味でヒューマニスティックというのとは、ちょっと違いました。ラスト間際の一文が象徴的です。「そうだ、いずれ次の機会に誰かに質問されたら、そのこと、強制収容所における幸せについて、話す必要がある」(278頁)。「強制収容所における幸せ」、あらあら、ショッキングな言葉でした。どういう意味なのでしょう。ひとまず少年の言葉を聞いてみましょう。

「ある意味では、あそこ(収容所のことです……青木)での生活はここ(戻ってきたハンガリーの社会のことです……青木)よりもすっきりし、単純だった。僕はすべてを思い浮かべた。全ての人を、僕にはあまりかかわりのなかった人まで。僕が今こうして考えられるのも、そうした人たちが僕を認めてくれたからなのだ。(略)そして、この時になって初めて単純じゃない世界に僕を送り返してくれた彼らを軽く非難したいと思ったし、何かいとおしい恨みの感情で彼らのことを考えた。」(276-7頁)

もちろん、収容所での生活がすべて幸せであったわけではまったくありません。この少年が実際に収容所で体験してきたことといえば、苛酷な強制労働と生死の境をさまよう病気だったのですから。ただ、そうした苦しい日々の合間に訪れたわずかな幸福な時間を、少年は思い出しているのかもしれない。でも、たとえそうだとしても、上の言葉はやはり気になります。収容所から解放されたことを、少し厄介だと感じているニュアンスがあります。

この少年の心理には、重要な伏線があります。彼は幼い時、一時的に養護施設に入っていました。そこで彼は、生き延びるためにまず環境に適応するという態度を本能的に身につけました。見捨てられないためには、過剰なまでに適応する必要があったのです。この適応という問題は、ケルテースの作品の大きなテーマらしくて、後の『生まれなかった子のためのカディッシュ』という小説ではっきり取り上げられているらしいのですが、残念ながらまだ翻訳されていません。どこかの出版社で出してくれないかなあ。

収容所でもこの少年は、いつか生還するといった未来への希望よりも、まず収容所の環境に積極的に適応するという態度に出ます。だから、敵であるドイツ兵の心理までも正確に、時には良心的に理解しようとします。逆に、同朋であるはずのユダヤ人捕虜に対して嫌悪感を抱いたりします。それでも体は、収容所の異常性に敏感に反応します。アウシュヴィッツ収容所全体に漂う匂いに、彼は不意に吐き気を催します。このあたりの心身相関的な叙述は見事で、現代人には痛切にわかるのではないでしょうか。

しかし、やはりそれより気になるのは、なぜ少年が収容所の生活を「単純」と思い、戻ってきたハンガリーでの生活を「単純じゃない世界」と思い、収容所での生活に「郷愁」(276頁)さえ感じてしまうのか、ということです。ぼくは二つの仮定を立てて考えてみました。

1、生きるための基本的な権利を一方的に奪われた収容所の中で、もともと少年に備わっていた過剰適応の能力が強く発揮されたため、収容所の状況はある意味で彼のもともとの性質にふさわしいものとなった。

この仮定はある程度成り立つ気がします。苛酷な収容所生活をなんとか生き延びることができたのも、少年の過剰適応の力によるからと言えないことはないからです。

2、圧倒的に被害者という立場に置かれる収容所の生活は、複雑に心理や利害がからみあう日常の生活よりも、確かに「単純」ではある。

この仮定は一見もっともらしいのですが、ぼくはしばらく考えて、違うような気がしてきました。収容所ではどうしても他人を「見殺し」にしてしまう場面に出会うのですが、それがどうしようもないことであれ、収容所という閉ざされた世界では捕虜にも「見殺しの当事者である」という意識が生まれてきてしまいます。それに飯の取り合い、寝床の奪い合いも起こります。少年が収容所で学んできたことのひとつは、自分が「無垢な被害者」ではないという自覚です。実際、収容所に連れて行かれる以前の少年は、ナチスの政策に加担していたハンガリーの社会風潮にも無意識の内に適応していました。彼は、自分より先に「労働キャンプ」に連行された父親を心の中で見殺しにしていたと言えます。また「ユダヤ人であること」の意味を知り合いの女の子と議論した際、いささか浅薄な考えを語って、その女の子を泣かせてしまいました。そして、そうした出来事の深い意味に気づくのは、収容所においてです。

過剰適応という観点から見たとき、収容所もその外の社会も、実は似たものだったのです。ただ、あからさまに生きる権利を剥奪する収容所にくらべれば、普段の社会は一見もっともな言葉で権利を保障しながら、実際には市民を「主権のない当事者」という立場へ少しずつ追いやっていきます。そして、この「主権のない当事者」として編成された市民は、いつしか、まったく不本意ながらも、「見殺しの当事者」の役割を背負い込むことになります。少年が収容所へ連れて行かれて間もなく、ブタペシュトではユダヤ人を凍ったドナウ河に放り込むという事件が起こります。すでにハンガリー社会そのものが、収容所化していたのです。

ナチスが壊滅した後、ハンガリーの社会に戻った少年が見出すのは、この当事者意識から逃れようとする人々と、逆にそうした人々を弾劾しようとする者との不和です。少年はどっちの立場にも違和感を感じます。彼は両者の狭間に立ちながら、自分の生きる権利を次のような言葉で表現します。「……もしすべてが運命でしかないなら、自由などありえない、その逆に、もし自由というものがあるなら、運命はないのだ、(略)つまり、運命とは僕たち自身なのだ」(274頁)。しかし、この「運命」という言葉はとても微妙です。この小説全体を通じても、そう言えます。少年にとって、収容所体験がふってわいたような災害、偶然の天災のようなものだという考えは、とうてい受け入れられません。かといって、ユダヤ人にとっての宿命、何世紀も続いてきた必然的な神の試練のくり返しという考えも承認できないのです。この微妙さこそが、解放されたことを「単純じゃない」と感じる理由ではなかろうか。

少年が語る「運命」という言葉にはおそらく、たとえまったく不本意で、まっとうな権利を欠き、自分達の意志を超えたような出来事であれ、「僕たち自身」は単に被害者でも殉教者でもなく、その当事者でもあったし、そうみなされるべきなのだ、という苦い認識が含まれています。それでも、この「当事者」という意識を持って生きることに、少年はぎりぎりの権利を見つけているのだと思います。そうすることで、「主権なき当事者」から「主権を持つ当事者」へと、「当事者」という観念自体も大きく変わります。ここに少年の成長があります。そしてこのことが、ラスト間際のあの「強制収容所における幸せについて、話す必要がある」という言葉、すなわち、いかなる意味においてもアウシュヴィッツを第三者の立場から神話化することなく語る必要があるという宣言に通じてきます。なぜそうする必要があるかと言えば、作者ケルテース自身の言葉を借りて言えば、「強制収容所の存在は、ナチズム特有なものではなく、全体主義が支配する社会のどこにでも起こりえると考えている。しかも、人類文明の到達した結果なのだ」(あとかぎ、290頁)からです。
posted by aoki at 19:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 青木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ケルテースの『運命ではなく』は、アマゾンの書評でも絶賛されていましたね。青木さんのエントリーを読むかぎりでは、サバイバルという至上命令に完全に同一化して、生き残りマシーンのような存在として作品世界を語るというような『悪童日記』の兄弟たちの無機質な散文的世界観ともちがうようです。

それにしても「強制収容所における幸せ」か……。知りあいで、金貯めて年取ってから日本を脱出してどこか他所の国で老後をおくるのが夢だという人がいたけど、青木さんの記事を読んでいると、やはり多少無理をしてでも「日本にいることの幸せ」を語らなくてはならないというような気がしてきます。
Posted by 池田 at 2006年06月02日 16:29
コメント、ありがとう。本当に考えさせられる小説なんですよ。おっしゃる通り、無機的ではないですね。

ケルテースが「強制収容所における幸せについて、話す必要がある」と書いたとき、たぶんそこには当事者としてぎりぎりの、逆説的ですらある選択があったと思えます。誰もが強制収容所を第三者の視点から「地獄」という神話的なイメージでしか語らなくなってしまったから逆に強制収容所の人間的な本質が見失われてしまった、という歴史的な危機感から、ケルテースはあえて残酷な「幸せ」を語ってみせたのかもしれません。六十年代以降、自由化の名の下にソフトな言論抑圧をしてきたハンガリー政府に対する抗議の意味も含まれているようです。出版当時(1975)は実はあまり売れなかったらしいのですよ。とまどいも多かったんじゃないかな。2002年にケルテースがノーベル賞を受賞したときも、ハンガリーではあまり名を知られた作家ではなかったらしいです。

もうすぐエントリーする文章で、早稲田に話を戻す予定です。さらにその後で、ぼくの院生時代の「収容所における幸せ」について語ろうかと(笑)。
Posted by 青木純一 at 2006年06月04日 00:13
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