2006年04月28日

この事件についての見解/池田

大学という空間で「建造物侵入罪」の現行犯で、教職員による「私人逮捕」がなされたことを深刻に受けとめている。もしこれがアリなら、大学スタッフの恣意で、モグリ学生などいくらでも逮捕できることになりかねないからだ。

もちろん、この事件は緊急の事態であり、そのようなことにはならないと考える人もいるだろう。しかし、このような出来事が、まわりの人間の沈黙によって「了承」されたことになり、合法的かつ合理的な行為だとみなされたとしてたら、この事件の次にくる出来事について想像力をたくましくしておく必要があるのではないか。

テレビのニュース番組などをみると、若年層をあたかも「犯罪者予備軍」であるかのように「表象」しているようにしか思えない時がある。凶悪な事件をおこす若者や、すっかり社会問題にされてしまった「ニート」、あるいは経済優先で規範や道徳などどこかに置いてきてしまった青年像、現在若年層は、このようなものとして表象されている。じっさいに若者と接する機会がない人のなかには、彼ら彼女らに「恐怖」をいだいているかもしれない。

そのような恐怖心と、この事件を緊急事態としてみすごす態度とがむすびついたら、ろくなことにはならない。じっさいに大学の公式見解では「不審者は容赦しない」といった意味のことが言われている。私のみたところ、そのような「不審者」を年々量産しているのは、大学の文学部ではないのか、という印象がある。(ここで息切れ、いったん中断)


posted by ikeda at 22:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 池田 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やあやあ、やっと見つけたよ。ブログとか疎くって、ごめんね。
去年の年末に起きたこの事件は妙に心に引っ掛かってて、その引っ掛かりを池田さんがかなり解明してくれた。池田さんの意見の中で特に重要だと思ったのは、次の2点です。

1、教職員による「私人逮捕」であること。

2、この事件を「あれはビラなんか撒いている左翼学生がやったことだから」といった「機会原因論」で考えてはいけない、ということ。

1に関しては、今後も事件の経緯を明確に説明しながら、大学側に見解を求めていく必要がありそう。その中で、大学という場所を教職員、学生、一般の人々がどう考えているのか、どう考えていけばよいのか、少しずつ解明したいです。

2は大きな問題だと思う。この事件から直接、「この逮捕はなんびとにでも起こることだぞ」と威すつもりはないのだけど、実際には定職につけない(つかない)若い人やフリーに活動する人間を「不審者」といういい加減なイメージで括っておいて、「不審者」はどう扱ってもいいという社会の風潮にのっかろうとする大学の姿勢は見え見えです。これは大学内部で院生や(非常勤)講師を過剰に搾取・管理する体制と根っこは同じ。ぼくもそうだけど、パートや派遣で働いている人は実感としてよくわかって頂けると思う。

徴兵のない日本では、「受験」を社会的な通過儀礼(イニシエーション)とみなしてきた傾向があったと思うのだけど、それが徐々に機能しなくなってきた現在、「就職」に異様な共同観念の負荷がかかってきた。今回の逮捕劇でも、「学生は大人しくしていないと、就職が不利になるぞ」という脅迫が相当に機能している。嫌な大学だ。

そこで、ぼくも勉強しつつ、果たして我等「不審者」(嫌な言葉をわざと自己表現に使ってみました)は単に管理されるべきだけの人間なのか、そうじゃないだろ、現状をよく見て考えてみようぜ、という思考=実践を、今回の事件をきっかけに行ってみたい。これも池田さんが呈示してくれた「当事者主権」という考え方と、あと「手探り主義」で、なんとか理念と呼べる場所まで手を届かせたいですね。
Posted by 青木純一 at 2006年04月30日 15:39
青木さん、無事たどりつけましたね!

1の私人逮捕については、大学の公式見解のなかでは一切ふれられていなくて、そのこと自身が、大学教職員による私人逮捕の危険性を大学側(というか逮捕しちゃった人)が承知していることの証拠だというみかたもできるでしょうね。

いやあ2なんだけど、政治的な異議申し立てをする若者を「不審者」として表象するというのは、もはや権力の「お約束」なのではないか。そう思ってしまいますね。

というのは、本日フリーター労組系のデモに行ってきたんだけど、警察がデモ隊をいかに不審な集団として表象するかについてのテクに長けていて、今回まんまとそれにはまってしまったという気がしたからです。逮捕者も3人ほどでました。

それについてはまた後日(熱があってボーとしてます)。

Posted by 池田雄一 at 2006年04月30日 22:25
過去のFishingされた早稲田じゃあるまいし、どうしようもない馬鹿の
集まりとかした私立文系単科大学に、そもそも大学側が危惧を抱いてるとも
思えないし、むしろ、受験生集めのさるしばしにさえ見える
ってのはどーでもよいのだが、最近、出席カード配布してませんよね?
文芸で配布する意味はそもそもあるんでしたか?
Posted by 我輩は家出猫である at 2006年06月02日 23:17
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